私たちThinkSCIENCEが担う役割の一つは、研究者のみなさんが複雑な学術出版の仕組みを理解できるよう支援することです。そのためには、新しいルールやコンベンション、あるいは出版業界の最新のイニシアティブに常に精通していなければなりません。私たちが持つ最新の情報を生かし、みなさんが新しいルールに従い、業界の新しいイニシアティブをうまく利用して、可能な限りスムーズに論文の作成や発表ができるようにお手伝いしています。
私たちThinkSCIENCEが担う役割の一つは、研究者のみなさんが複雑な学術出版の仕組みを理解できるよう支援することです。そのためには、新しいルールやコンベンション、あるいは出版業界の最新のイニシアティブに常に精通していなければなりません。私たちが持つ最新の情報を生かし、みなさんが新しいルールに従い、業界の新しいイニシアティブをうまく利用して、可能な限りスムーズに論文の作成や発表ができるようにお手伝いしています。
ここで言う「ルール(rules)」とは、研究および出版・発表に関する最新の倫理基準を遵守することを意味します(例:剽窃・不適切な画像操作・重複出版の回避、オーサーシップに関連する問題の解消、潜在的利益相反についての説明、など)
「コンベンション(conventions)」とは、みなさんの専門分野に適した書き方の決まりごとや表現方法を用いること、また、ある標準的な枠組みや構造の中で研究内容をまとめること、を意味します。
そして、「業界のイニシアティブ(industry initiatives)」とは、例えば、現在使用可能な最も適したライティングツール(Word、LaTeX、EndNote、XML、Overleafなど)を利用すること、限られた時間の中でベストな出版ルート(出版前/出版後査読、サブスクリプションまたはオープンアクセス出版など)を選ぶこと、そして学術界における自分の立場・役割をどうすれば特徴づけることができるのか(CRediT、C-score、Peer Review Citationsなど)を理解すること、を意味します。
私たちは次のような質問を受けることがあります。
「学術出版のルールやコンベンション、方法などは、なぜ変わり続けるのでしょうか?」
「いったいどうすればこの変更に遅れずについて行けるのでしょうか?」
この2つの質問は、非常に興味深く、そして非常に重要な問題を提起しています。あるルールやコンベンションに従わなかった場合のペナルティーは、ごくマイナーなものから(例:投稿時に必要な倫理に関するステートメントを提出しなかったために、査読が遅れてしまった)、非常に重大なものまで(例:不正行為を理由にジャーナルから出版撤回の制裁を受ける、あるいは、ある期間、政府から資金援助を受けられなくなる)、様々な状況になりうるからです。
今回の記事では、この2つの質問への答えを導き出そうと思います。まず、ルールやコンベンションが変化し続ける理由(そして誰が変化のきっかけを作っているのか)を考え、それから、最新の変化や最新のイニシアティブを知る方法を考えてみることにします。
研究について出版・発表するときに私たちが従うルールや基準、コンベンションは、5つの主となるグループの議論を経て決まります。その5つのグループとは、著者(authors)、機関(institutions)、出版社(publishers)、ジャーナルエディター(journal editors)、そしてファシリテーター(facilitators)です。では、各グループの関心は何なのか、そしてそれが最終的なルール決定にどのような影響を及ぼすのかをみてみましょう。
研究者がある特定の結果について書く(あるいは書かない)理由は、人によって微妙に異なります。また、各グループメンバーの動機も様々です。しかし、各グループを全体的にとらえることによって、それぞれの傾向が明らかになってきます。
研究者が論文を書く理由はいくつかあります。しかし、ほとんどの研究者は金銭的利益を直接得るために論文を書くのではありません。
良い論文は、社会の進歩と人々の幸せに貢献し、著者のプロフィールを高め、助成金獲得の機会や、コンサルタント的役割、テニュア、その他のキャリアを向上させる機会を広げます(もちろん、金銭的な利益にもつながります)。
研究者にとって大切なことは、原稿が(a)簡単に準備できて投稿しやすいこと、(b)なるべく速く査読を受けられること、(c)なるべく速く出版されること、そして(d)適切な読者層の元に届けられること、です。
著者のニーズによってルールやコンベンションの変更が促される事例
査読のスピードを速め、出版までの時間を短縮するために、多くのジャーナルは、著者がガイドラインに忠実に従って、原稿を正確に作成することを求めています。著者が原稿の準備を始める最初の段階から、必要とされている情報を必要とされている形式に合わせて書けば、その後のプロセスがスムーズに進むことにつながるからです。
特に保健科学の分野においては、異なる研究デザインごとに設定された明確なレポーティングのガイドライン(EQUATORネットワークを参照。280以上のレポート・チェックリストが掲載されています)に従い、研究倫理が守られていることを著者が明言するよう求めるジャーナルが増えてきています。例として、PLOS Medicineの投稿規定をご覧ください。
多くのジャーナルのガイドラインには、論文が規定にそって書かれていない場合、投稿のプロセスが遅れる可能性があると書かれています。また、ガイドラインに合っていない原稿は、ピアレビュー前に差し戻される可能性があると書かれたものもあります。
倫理ステートメントの記載以外にも、新たな重要な規定が採用されています。(例:米国エネルギー省が出資する研究に対して適用されるデータの強制開示。これは2015年10月発効の新しい方針です)。
著者の中には、ルールが変更されることによって、さらに時間がかかってしまうと感じる方がいらっしゃるかもしれません。しかし、こうしたルールの変更は、発表する研究の質を確保し、また出版までの時間を早めることにつながるのです。
大学、病院、研究型企業などの機関には、所属メンバーの学術論文を出版することによって、その機関の地位を高められると考えているところが少なくありません。
多くの大学では、所属大学のイメージや地位を高めるために研究論文を出版することを、教員の最も重要な対外的役割としています。このことによって、優れた学生や教員を大学に惹きつけ、また、政府からの資金援助や卒業生からの寄付を促し、大学の強みと健全さをさらに強化することにつながります。
大学以外の機関、とりわけ研究型営利企業においては、所属メンバーによる論文発表が機関としての目標の中心に据えられているわけではありませんが、論文発表によって、主要な研究スタッフの補充や維持、知的財産権の確保、業界内の基準策定への参加など、様々なメリットがもたらされる可能性があります。
研究者の論文が出版されることによって機関にもたらされる一番の利点は名声です。そのため、機関は研究者が論文を発表できるよう全面的にサポートする一方で、発表論文の質を高めることにも強い関心を持っています。質の高い論文は質の高い研究を反映したものであり、機関にとっては非常に大きな価値を持ちます(例:カリフォルニア大学がある研究によって取得した特許権から500万ドル以上の利益を得た事例があります)。
機関が牽引する変化の事例: arXiv
機関の中には、研究とその研究から派生する出版物の両方の質を高めるために、自分たちが有する重要なリソースを使い、オープンで透明性の高い研究の推進に取り組んでいるところがあります。その手法は、既存のコンベンションを前進させる結果をもたらしています。
たとえば、コーネル大学はarXivの主要サポーターです。arXivは出版前の論文を公開するプレプリントサービスで、多くの数学者や物理学者が使用しています。arXivの登場により、研究者間によるディスカッションが促され、論文が幅広い読者層に読まれる機会を増やし、ひいては研究の先行性をより確実なものにすることにつながっています。arXivは、数学や物理学分野で以前から行われていたオープンシェアリングをさらに促進させるサービスです。その考え方が他分野に広がるきっかけともなり、出版前の論文を公開していなかった分野においても利用者数を増やしています。
また、arXivが著者と交わす著作権契約は多くのジャーナルに大きな影響を及ぼしています。将来性のある重要な論文を出版できなくなるようなことにならないよう、ジャーナルは彼ら自身の著作権契約の内容を変え、arXiv上に公開された出版前の論文は二重出版とはみなさないことを強いられる状況になっているのです。しかしながら、arXivに論文を投稿すると、著者はarXivに非独占的著作権を与えなければならず、しかも取り消しできないことから、ジャーナルの中には、arXivに掲載された論文の投稿を認めていないジャーナルもあります(arXivはこの点について著者に注意喚起しています)。
正確で、重要で、新規性のある論文を出版するジャーナルとして認知されることを誰よりも強く望むのがジャーナルエディターでしょう。
ジャーナルエディターにとって重要なことは、新規性がある重要な論文を見つけ、著者や査読者と良好な関係を築き、ジャーナルの評判や過去の科学的功績を傷つけかねないようなことを避けることです。これらは、彼らの目標を達成するために必要なことであると同時に、学術界の構造(とりわけ、論文発表が昇進やテニュアに影響するという仕組み)によるものでもあります。
ジャーナルエディターがルールやコンベンションの変化を促す事例
ほとんどの出版社では、ジャーナルの投稿規定は通常、既存のテンプレートの形をとっていますが、その投稿規定の内容を大きくコントロールするのがジャーナルエディターです。たとえば、IEEEの全ジャーナルは共通のIEEEスタイルガイドを使用しますが、各ジャーナルのaims and scopeは、それぞれのジャーナルエディターによって決められています。同様に、社会科学系の英語ジャーナルは独自のガイドラインを設けていてもAPAマニュアルスタイルに準じるよう指示するものが多く、ヒトを対象にした研究はすべて国際基準にそって行われたものであることを条件付けています。そのため、著者に従ってもらいたいルールやコンベンションをジャーナルエディターが決めることがあります(例:レポーティングのガイドライン、倫理に関するステートメントなど)。ある変更を行い、それを適用することによって何らかの利点が得られると考えるジャーナルの数が増えてくると、その変更がやがてガイドラインのテンプレートの一部になる可能性があるのです。
ジャーナルエディターはまた、どうすれば出版倫理を強化し、倫理的な懸念をうまく管理できるか、現在の投稿システムをどう改善すればよいか、著者や査読者の成果に見合ったクレジットを彼らにどう与えればよいかなど、学術出版に関する様々な問題を活発に議論しています。
出版社が行っていることの中でもっともわかりやすいのは、出版用に編集した受理原稿の管理とジャーナルの流通の2つですが、それ以外にもまだたくさんのことを行っています。事実、ある最新の記事に、出版社が行う96の事柄が記載されています。
出版社は、ビジネスにおいて一貫性があること、予測可能であることを重要視します。なぜなら、リソースを製作部門や印刷会社に計画的に割り当てるためには必要不可欠なことだからです。出版社はジャーナルエディターと密に連携しながら、ジャーナルを確実に定期発行し、読者や定期購読者を惹きつけるに十分な高いクオリティーを維持し、ひいてはコンテンツを作る著者・編集スタッフ・査読者の評価や名声を高めることにつながるよう取り組んでいます。最近の傾向の一つに、出版社が受理原稿の電子版を、予定されている出版時期に先行して、公開することが挙げられます(例:“published online ahead of print” [印刷前オンライン公開])。この方法は、著者と読者にとって大きなメリットがあり、且つジャーナルや出版社に帰属する論文の価値にも影響を及ぼすことのないやり方といえるでしょう(この特集記事の最後に、新しい出版プラットフォームのリストを記載していますので、参考にしてください)。
出版社が牽引する変化の事例:ORCID
ORCIDは、元々出版社Thomson Reutersが使用していた ResearchID systemをもとに開発されたシステムで、Thomson Reutersは今でもORCIDの中心的支持者の一つです。
このグループは政府機関、企業、協会など、学術出版業界のエコシステムにおいて何らかの役割を担う関係者によって構成されます。このグループは非常に多様性に富むため、メンバー一人一人の興味・関心も様々です。たとえば日本学術振興会(JSPS)の設立趣旨は「学術研究の助成、研究者の養成のための資金の支給、学術に関する国際交流の促進、その他学術の振興に関する事業を行う」ことです。これはCommittee on Publication Ethics(COPE) の「エディターや出版社に対して出版倫理に関するあらゆる見地を与え、特に研究や出版における不正行為の取り扱い方について助言する」という目的とはかなり異なります。
多様なファシリテーターに共通しているのは、学術出版のルールは明確であるべきだという考えです。ルールを明確にするために、ルールを体系化する(例:COPE)、ルールを施行し、それに従った者には見返りを与える(例:日本ではJSPS、海外では同様のルールを実施している団体)、ルールを広める(例:ThinkSCIENCE)など、その方法は様々ですが、ファシリテーターはみな一致して、出版プロセスを明確で、一貫性があり、予測可能なものにしようと取り組んでいます。
また、医療などの分野においては、研究対象であるヒトや動物が倫理的に正しく扱われるということにファシリテーターは注意を払います。たとえば、World Medical Associationはヘルシンキ宣言(Declaration of Helsinki)を採択し、ヒトを対象とした医学研究を規制しています。
学術出版のエコシステムの中にいる企業は、複数の役割を果たすケースがしばしばみられます。たとえば、ThinkSCIENCEはCOPEの法人会員でもあり、大学や研究機関でアカデミックライティングや研究倫理に関するセミナーやワークショップなどの教育活動も行っています。このような活動は、研究者のみなさんがJSPSなどの団体から研究費支援を受けることに、非直接的な形で少しは貢献できているのではないかと思います。研究論文を出版するまでに生じる様々な問題を減らすための支援をする企業として私たちが行うべきことは、常に最新のルールを把握しておくことです。私たちはその知識を生かし、ワークショップで、論文についてのフィードバックなどを通じて、論文著者に情報を提供する取り組みを積極的に行っています。
ファシリテーターが牽引する変化の事例:Overleaf
Overleafは、オンライン上で使えるLaTeXのライティングプラットフォームです。私たちがLaTeXについてのワークショップなどを行うときには、ここ何年も(前身のWriteLaTeXの頃から)、このOverleafを利用しています。それだけに、このプラットフォームが大きく変化してきた経緯を見てきました。
現在、Overleafは単なるLaTeXのライティングツールという以上の役割を果たしています。たとえば、Overleafから出版社に直接原稿を投稿することができますし、ピアレビューの過程でもこのOverleafが利用されています。
Overleafは新しいタイプのサービスの一例といえるでしょう。著者が論文にマークアップ(タグ付け)しやすくなるので、原稿が正確に作成でき、ジャーナルが投稿論文を受け付けてから出版するまでの時間を早めることにもつながります。また、ジャーナルのコピーエディターも制作過程においてマークアップの必要があるときに、このサービスを利用することがあります。
あまりに多くのイニシアティブや新しい情報があるので、その中から”知るべきものを知る”ということがいかに難しいことであるかを、私たちはよく理解しています。そこで、それらを知る助けとなるいくつかの情報ソースをご紹介しましょう。
COPEは出版社やジャーナルが出版倫理をさらに高めるための方針や手続きについて話し合い、方策を見つけ出すための場を提供しています。COPEのウェブサイトで、International standards for editors and authorsなど最新の指針を見ることができます。
COPEで最近議論されている話題の一つが、データシェアリング(data sharing)の問題です。数多くの出版社が、データシェアリングの前提条件に変更を加えることを検討中、もしくは実施しており(例:PLOS)、論文投稿を予定している著者は十分に注意する必要があります。
多くの学術学会や専門家協会は、所属メンバーが利用するガイドラインを発行しており、その中には、広く一般に利用されているものもあります。たとえば、American Chemical Society(第3版)、American Medical Association(第10版)、American Psychological Association(第6版)、Modern Language Association(第3版)などです。
EQUATORはNational Health Service of the UKによる取り組みとして始まりました。EQUATORのウェブサイトには、広範囲に及ぶガイドラインが掲載されており、研究タイプごとに決められたリポーティング方法が示されています。また、COPE、ISMJE、European Association of Science Editorsなどの異なるグループからの提言やアドバイスも紹介されています。
International Society for Medical Publication Professionals(ISMPP)は、数多くのイニティアティブの中でも特に、医学出版に携わる人たちの規範と透明性を高めることを目的に設立された非営利団体です。ISMPPは、企業の資金提供によって行われる医学研究を報告する方法を規定し、常に内容を更新しています。そこでなされる提言は、ヘルスケア分野全般の研究者にとって非常に有用です。
International Committee of Medical Journal Editors(ICMJE)は、様々なガイドラインとリソースを提供しており、その中には利益相反(conflicts of interest)といった、研究者が必ず提出しなければならない定型フォームも含まれています。また、最近ではRecommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journalsという、生物医学の論文の執筆・出版に携わる人たちを対象にした提言を発信しています。
なぜ学術出版のルールは頻繁に変更されるのか、という質問への究極の答えは、「学術出版に関係する誰もが、ルールを変える、あるいは更新することに関心をもっている」からです。年月がたつうちに、何かが簡単にできるようになる(例:剽窃のチェック)、あるいは何かが重要ではなくなる(例:郵送による原稿提出)、などの変化があると、ある特定のルールもそれに合うように徐々に変えられていくのです。
私たちThinkSCIENCEは、学術出版の変化や動向について最新の情報を持っています。もし学術出版についてお分かりにならないことなどあれば、いつでもお問い合わせください。
下記に、みなさんにとって興味深い思われる業界の動向やイニシアティブのいくつかをご紹介します。
注:下記に示すのは、私たちが知り得た情報のごく一部です。
Overleaf: LaTex文書のライティングツール。Overleafからの直接投稿が可能な出版社もあります。
Think. Check. Submit.: ジャーナルの質を調べることができるガイドライン。簡単な解説動画も公開されています。
Rapid Science: 共著論文における各著者の貢献度を評価するC-scoreを開発しています。
The Transparency and Openness Promotion (TOP) Guidelines: ジャーナルが出版する科学論文の透明性を高めるためのテンプレートを提供。
Open Science Framework: 共同研究のためのフレームワークを提供(上記のTOP GuidelinesはこのOpen Science Frameworkに基づいています)。
Glass Tree: 低コストの学術出版を可能にする出版プラットフォーム。
XML for authors: 出版までの時間を早める方法としていくつかの出版社によって奨励されているトレーニングサービス。
GPP3: 国際的な出版ガイドラインGood Publication Practice for Communicating Company-Sponsored Medical Researchの2015年改訂版。資金援助を受けた医学研究のスポンサーと著者が遵守すべき規範を定めたもの。
F1000, Faculty of 1000: 生命科学の研究者が興味のある論文を検索したり、自分自身の論文を作成し出版するための支援ツールを提供。
更新日: 2024年7月(Think.Check.Submit.の解説動画日本語版の情報を追加)
初回掲載(PDF版): 2015年6月、Caryn Jones and Chad Musick, PhD