一般的に学術論文を作成するときには、マイクロソフトワード(以下、ワード)を使うことがほとんどです。しかし、他にもLaTeXという選択肢があることをご存じですか?ご存じなかった方のために、ここでは、まずLaTeXの機能や利点をまとめます。そして、LaTeXをすでに利用されている方のために、次回論文を作成するときに役立ちそうな秘訣やコツをご紹介します。
一般的に学術論文を作成するときには、マイクロソフトワード(以下、ワード)を使うことがほとんどです。しかし、他にもLaTeXという選択肢があることをご存じですか?ご存じなかった方のために、ここでは、まずLaTeXの機能や利点をまとめます。そして、LaTeXをすでに利用されている方のために、次回論文を作成するときに役立ちそうな秘訣やコツをご紹介します。
LaTeXは、文書の組版を行うためのテンプレートシステムです。まず、論文原稿の「構造化された」ソースファイルを作成しますが、このソースファイルには、完成した文書を組版出力するためのテンプレートを設定します。
このシステムでは、論文の文章そのものと、書式設定のための情報が分かれています。つまり、異なる様式を設定さえすれば、同じ原稿から様々な書式の文書が作成できることを意味します。たとえば、LaTeXの文書要素のひとつとなる節の見出し、\section{Introduction}、を見てみましょう。学術誌用のテンプレートを用いると、この見出しは自動的に各誌に合った書式で表示されます。
上記はほんの一例です。LaTeXのテンプレートを用いると、すべての文書要素が自動的に適切な書式で表示されます。この文書要素には、本文(例:1段組または2段組)や、図の説明文、表の見出し、引用(例:上付き数字1や角括弧で囲まれた数字[1])など、様々なものがあります。
LaTeXのもう一つの利点として、数式が容易に扱えるという点があります。ワードではわざわざギリシャ文字を探して入力し、手作業でイタリック体にしなければなりませんが、LaTeXでは、δ を表示するときには $\delta$ for δ and $\Delta$、Δ を表示するときには $\Delta$ と書くだけです。ワードや数式エディタでは表記が難しい複雑な数式や記号も、LaTeXでは簡単に扱うことができます。
LaTeXは文書作成の強力なツールですが、それをここで詳細に紹介することは割愛します。LaTeXについて学んでみたい方のために、弊社では無料のオンライン入門コースをご用意しています。
今日では、多くの学術分野でLaTeXが頻繁に利用されています。LaTeXは、いくつかの分野(特に数学やコンピュータ科学)においてはごく一般的に利用されていますが、LaTeXの使い方を学べる正式なクラスを受講したことのある人はほとんどいません。LaTeXの正式なトレーニングを受ける機会があまりないため、論文の執筆者のほとんどは、既存の文書を参考にしながら、自分が使う書式を調べますが、参考になる文書は容易に手に入ります。たとえば、arXivには100万を超える論文が掲載されており、多くの論文のLaTeXソースファイルがダウンロード可能です。
こうした模倣学習によって、LaTeXは広く普及してきましたが、ある特定の手法が幾度も使用され、それらが悪い習慣であっても論文執筆者がその事実に気づかないといった事態も引き起こしています。以下では、そうした悪習慣とその回避法を解説します。
これは、おそらく最も多く踏襲されている悪い習慣ですが、今では間違いとみなされることが多くなってきました。LaTeXでは、数式の変数はイタリック体で表示され、$name$はnameのように表示されます。これは、nameとは微妙に異なります。前者における字間のスペースが、n·a·m·eといった積を示す組版を表しているためです。
回避法:イタリック体には、\textit{イタリック体で表示される文字列}を使います。
文章表示を徹底して制御するために、LaTeXには様々な様式の引用符があります。一般的には、「逆カンマ」方式(「スマート引用符」とも呼ばれる)を使うといいでしょう。しかし、文書作成ソフトで生成された逆カンマや、ストレート引用符(通称「まぬけ引用符(dumb quotes)」)を用いても、正しい表示結果が保証されるわけではありません。注意しないと、”引用符”のように、右用の引用符が左側についてしまうようなことがよく起こります。
回避法:左側には「`」を、右側には「’」を使います。二重引用符は、“引用符” のように、この記号を2回ずつ用います。
上記の2つの悪習慣とは対照的に、多くの場合、悪い習慣によって起こる問題は明白です。なぜなら、文字が行の終わりを超えて表示されるからです。LaTeXは、デフォルト設定で、数式に改行を入れないようになっています。その結果、非常に長い数式は文字が行の終わりを超えてしまうのです。
回避法: 数式の一部ではない句読点に関しては、数式モードから抜け出します(このとき、カンマは特に見逃しがちですので注意してください。)。たとえば、"「12個の変数($a$, $b$, $c$, $d$, $e$, $f$, $g$, $h$, $i$, $j$, $k$, $m$)がある。」と書けば、改行と組版が正しく行われます。そうではなく、「12個の変数$(a,b,c,d,e,f,g,h,i,j,k, m)$がある 。」と書くと、括弧とカンマを数式記号とみなした組版が行われ、必要な箇所での改行が妨げられます。
論文執筆者が注意深く作業すれば、引用文献をすべて手で書き出しても、結果は正しく表示されるでしょう。しかし、そのためには、簡単に使える引用・参照パッケージを用いたときよりも、非常に多くの労力が必要です。手作業で参照文献リストを作成するときには、文献の順序(例:引用順または筆頭著者の苗字のアルファベット順)が正しいこと、リストにあるすべての文献が本文中に引用されていること、逆に本文中のすべて引用が参照文献リストにあることを確実にしなければなりません。
回避法: 引用パッケージと参照文献マネージャを使います。natbib という引用パッケージがお薦めです。これを使うと、\citetや \citepといったコマンドが利用でき、著者名を実際に書き出すことなく、「ThinkSCIENCE (2015)」や「(ThinkSCIENCE, 2015)」のような異なった表示が可能となります。よく用いられる参照文献マネージャが幾つかあり(比較はこちら)、それらを使うと(natbib引用パッケージが用いる)BiBTeX形式ファイルを出力することができます。
LaTeXでは、希望通りの体裁が実現できないこともあります。たとえば、デフォルト設定では、矢印付きのベクトル記号が表示されますが、ベクトルの表記に太字の直立体を求める学術誌もあります。
回避法:特定の体裁を表示するためのコマンドに、\renewcommandや\newcommandを用います。たとえば、 \renewcommand{\vec}[1]{\mathbf{#1}}とすることによって、\vecコマンドで書かれたベクトルが、矢印付きではなく、太字の直立体で表示されます*。矢印付きを選ぶ場合、あるいは学術誌が矢印付きを要求している場合は、一行に変更を加えるだけで、他すべてのベクトルの表示を変えることができます。また、コマンドが表示内容の体裁でなく意味を主に示していれば、執筆者の意図の把握が容易になるという利点もあります。
この回避法を用いた裏技:「Fig.」と「Figure」を自動的に入れ替える、といったようなときにコマンドが利用できます。
学術出版では、組版や編集といった負担を執筆者に求める傾向がだんだん強くなっています。これは、執筆者にとっては、追加的な無報酬の労力ではありますが、その一方で、論文の最終的な体裁を管理できる機会が得られるということにもなります。LaTeXなどの組版システムは、こうした管理を容易にするツールです。一度習得してしまえば、ワードよりもLaTeXのほうが、美しい文書を素早く作成できると考える利用者が増えています。
コンピュータ科学の学会などで文書のLaTeX形式への変換を要求された、書籍用原稿の組版を行わなければならない、あるいはLaTeXの使い方を学びたい、といったお客様はぜひご連絡ください。私たちが執筆者・出版社・各種機関のお客様をサポートいたします。
*これは、ローマ文字の場合に当てはまりますが、ギリシャ文字の場合は特別な扱いが必要となります。