はじめに：ThinkSCIENCEは「hype」（ハイプ）と呼ばれる主観的で宣伝的な表現が科学・医学分野の文書で不適切に使用された場合に起こりうる問題を強く認識しています。先日、生物医学分野の研究助成金申請書の抄訳においてhype表現の使用が増えているという興味深い研究論文が筑波大学のNeil Millar准教授らによって報告されました。このhypeの使用は、言語学的に、また著者である研究者にとっても、非常に重要な問題です。私たちは、この論文の著者である Millar准教授とhypeの使用について対談する貴重な機会を得ました。この特集では、Millar准教授からの具体的なアドバイスとともに、研究者がライティングをする際に不適切なhype表現を回避するための実践的ヒントを紹介します。
 

科学・医学分野では、データやエビデンスが興味深いものであればそれだけで、おのずとその面白さが人に伝わるものだと思いたいところですが、実際はその面白さを伝えるのは研究者の仕事です。さらに研究者は、研究資金を勝ち取る、ジャーナルでの論文公表や学会発表などの機会を勝ち取るといったプレッシャー下に置かれているため、自分の研究をできるだけ有利なところに位置付け、メッセージに出来るだけ説得力を持たせるようなライティング戦略を取る場合があります。これが「spin（偏向）」と呼ばれるものです。

「hype」は「spin」の一種であり、筑波大学のNeil Millar准教授は「hyperbolic and/or subjective language…to glamorize, promote, or exaggerate aspects of research（研究を美化、宣伝、または誇張するための…誇大表現や主観的な表現）」と定義しています。

先日、JAMA Network Openに、生物医学分野において研究費を獲得するに至った申請書に使われているhype表現の傾向に関する論文が公表されました。これは、応用言語学（生物医学における言語の進化など）を専門分野とするMillar准教授らによるもので、1985～2020年の間に研究費獲得に至った申請書において、hype表現の使用は増加傾向にあり、なかでも、重要性（「significant」「key」「crucial」など）や新規性（「first」「novel」「innovative」）に関する用語の使用が最も増加していることが報告されました。Millar准教授は以前にも、無作為化比較試験におけるhype表現の使用、hype表現の分類、hype表現が「Discussion（考察）」のセクションや方法論を誇示する手段として最も頻繁に使用されることなどを報告しています。

まず、多少のhype表現の使用は必ずしも悪いことではありません。Millar准教授は対談の中で、 研究費の申請書は「本質的に宣伝的」であるため、意欲を示したり説得を目的とした宣伝的な表現が使われたりするのは当然のことだと述べていらっしゃいました。しかし、hype表現が多すぎると悪い影響も出るので注意が必要です。例えば、「売り込み」が優れていた研究に助成金が支払われ、健全で堅実な科学に支払われなかったとすると、研究資金支給の公平なメカニズムが脅かされることになります。さらに、研究費の申請書で使った文言をリサイクリング（再使用）すると、宣伝的な表現が研究論文やその他の文書にも浸透してしまい、結果の意味が誇張される、または意味のないバズワードのために正確な意味が曖昧になるなど、研究報告の忠実性を損なうという意図しなかった結果を招きかねません。

Hype表現を回避することは、英語が母国語であるかどうかにかかわらず非常に難しいようです。Millar准教授が行ったインタビューによると、他の研究者の論文に使われていたり、または査読者、ジャーナル編集者、言語校正者から勧められたりしたhype要素を自身のライティングに取り入れる研究者がいることもわかりました。このような難しい状況を踏まえて、今回のMillar准教授との対談で感じたことは、著者は、さまざまなhype表現があることを認識し、その使用が自分の文章に適切かどうかを考える必要があるということです。そうすることで、自分が執筆中の文章の種類、求められる期待レベルやエビデンスレベルなどにより、hypeをそのまま残すか、削除するか、それともより中立的な表現に置き換えるかを決定することができるようになるでしょう。

この特集記事の最後に、よく使用されるhype表現を表にまとめましたので、よく吟味したうえで、適切な場合は自身のライティングに取り入れてください。文脈も非常に重要で、表中の表現の多くが文脈によってはhype表現にもなり、平易な表現にもなり得るので気を付けましょう。例えば、対談中にMillar准教授が例に挙げた「first」は、文脈によってディスコースマーカー（つなぎ語）、新規の何かを適切に示す指標、またはhype表現として使用されます。

Millar准教授は、自分自身を外側から客観的に見ることは簡単なことではないという前提の下でhype表現の問題を意識し、過剰な使用を避けることでバランスをとるように努めることが大切だとアドバイスしています。

Millar准教授との対談や、また長年にわたり科学・学術関連のライティングのサポートに携わってきたThinkSCIENCEチームの経験をもとに、hype表現を使用する際の注意点を以下にまとめました。

1. 特定の学術領域におけるプレプリント公開の落とし穴
研究費の申請書に使った文章を再利用（コピー）したくなるかもしれませんが、不必要なhype表現は削除し、研究論文や報告書に適した表現に適宜修正しましょう。

2. バランスと節度を心がける
Hype表現を避けることは常に可能なわけではありませんが、自分の研究計画や結果を都合よく示すことと、客観的に示すことのバランスが適切に保たれるように心がけましょう。

3. バズワードに注意する
例えば、「cutting edge」や「transformative」などのバズワードは重要であるかのように聞こえますが、それらが伝える情報はわずかなものです。論文では使用を避けるか、使用する場合は意味を明確に伝えているかを確認するようにしましょう。

4. 重複表現に注意する
他の表現と重複する場合はhype表現を追加しないようにしましょう。例えば、「invention」は本質的に新規であるはずなので、「novel invention」ではなくシンプルに「invention」とするのがよいでしょう。

Hype表現について紹介したこの特集記事が、研究費申請書や研究論文を書く際の参考としてお役に立てば幸いです。お忙しい中、ThinkSCIENCEとの対談を快く引き受けてくださり、貴重なアドバイスをくださったNeil Millar准教授に感謝いたします。

Hype表現の使用について質問や懸念事項がある場合は、ThinkSCIENCEのスペシャリストエディターにお問い合わせください。