プレプリントは、正式な査読を受ける前の段階で、オープンアクセスプラットフォームに登録・公開される学術原稿です。
プレプリントは、長年、物理科学分野において、アイディアの提示、迅速な結果発表、他の研究者から得られるフィードバックを基に研究をさらに発展させることなどを目的として使われてきました。近年では、ライフサイエンス、社会科学、医学・ヘルスケア、教育、法律などの他分野でもプレプリントが散見されるようになってきています。
プレプリントは、正式な査読を受ける前の段階で、オープンアクセスプラットフォームに登録・公開される学術原稿です。
プレプリントは、長年、物理科学分野において、アイディアの提示、迅速な結果発表、他の研究者から得られるフィードバックを基に研究をさらに発展させることなどを目的として使われてきました。近年では、ライフサイエンス、社会科学、医学・ヘルスケア、教育、法律などの他分野でもプレプリントが散見されるようになってきています。
プレプリントの公開については、筆者と読者のどちらにとっても明らかな利点があるものの、学術分野によっては今なお意見が分かれています。
もし皆さんがプレプリントを読んだり公開したりすることに慣れていなければ、プレプリントを公開した方が良いのかどうか迷うこともあるでしょう。
そこでこの記事では、プレプリントを公開するという選択が自分にとって適切かどうかを皆さんが判断する一助となるように、以下について解説します。
プレプリントは、ジャーナルに掲載されている論文のように見える原稿ですが、その内容は査読を受けておらず、フォーマットも特定のジャーナルのスタイルに厳密に沿っているわけではありません。プレプリントは「著者自身のバージョン」、つまり査読やジャーナルのコピーエディットなどを通して修正される前の段階の原稿ですが、そこに書かれている内容の質が低いということを意味するものではありません。
プレプリントは、オープンアクセスプラットフォーム(プレプリントサーバーやその他の公開リポジトリ)または機関や個人のウェブサイト上で公開することができます。プラットフォームやリポジトリの多くは特定の分野に特化しています。例えば、最も古くからあり、おそらく最も知名度の高いプレプリントサーバーであるaRxiv (「archive(アーカイブ)」と読む)は、物理、数学、コンピューターサイエンスなどのプレプリントを受け付けています。プレプリントは査読を受けていませんが、サーバーやリポジトリによっては、不適切な内容のものが登録されることを防ぐために登録前にスクリーニングのステップを設けているものもあります。
プレプリントサーバーには読者からのフィードバックもアップロードでき、著者はそれを基に研究を発展させたり原稿を改善したりしたうえで、ジャーナルに研究論文として投稿することができます。全てではありませんが、多くのプレプリントが最終的にはジャーナルに公表されています。
プレプリントとして公開された原稿は、ジャーナルへの投稿前であればいつでも改訂することができます。著者は、改訂版ごとにタイムスタンプを自動的に付与し、履歴を閲覧できるようにするかどうかを決めなければなりません。プレプリントサーバーによって細かい差違はあるのですが、タイムスタンプは単に新しいバージョンが登録されたときの記録でしかありません。そのタイムスタンプを改訂版ごとに付与し、かつ、全ての改訂版のプレプリントの閲覧を可能にする自動バージョンコントロール機能を備えたプレプリントサーバーが数多く存在します。
プレプリントには多くの場合、永続的な記録となるdigital object identifier(DOI)が付与されます。DOIが付与されることにより、他の研究者がプレプリントを参考文献として引用できるようになり、プレプリントとジャーナルに掲載された最終版との関連性も明確になり、最終版がジャーナルに掲載される以前に著者の研究成果として履歴書に記載することもできるようになります。プレプリントを公開してからその内容に問題があることに気が付いた場合、DOIが付与されたプレプリントを記録から完全に削除することは不可能です。著者が、プレプリントの取り下げを正式に申請することは可能ですが、この場合、「Withdrawn」の表示が取り下げの理由と共に示され、内容は削除されるものの、プレプリントの著者名、タイトル、DOIなどのメタデータは残ります(プレプリントの正式な撤回プロセスの例として、こちらまたはこちらをご覧ください)。プレプリントの取り下げは、掲載された論文の撤回と同様に大変なことなので、できる限りの注意を払い回避しなければなりません。また、プレプリントサーバーから取り下げたにもかかわらず、一般的なサーチエンジンにコピーされたプレプリントが閲覧され続ける可能性もあります。
ジャーナルに投稿する原稿と同様に、プレプリントも出版・公表のベストプラクティスに従って作成されるべきです。特に、インフォームドコンセント、研究参加者の匿名性、剽窃・テキストの重複の回避、画像の再使用の許諾などの倫理要件には十分な注意を払うべきです。また、公開する全てのバージョンのプレプリントは、全ての共著者から合意を得られたものでなければなりません。
プレプリントがどのようなライセンス規約(クリエイティブコモンズのCC0やCC BYなど)のもとに公開されるのかも考慮する必要があります。例えば、Wiley社は、プレプリントサーバーに研究を公開する際は、著者が著作権、好ましくは「no re-use(再利用禁止)」のライセンスを保持すべきであるとしています。クリエイティブコモンズの各ライセンス(著作権の放棄を含む)によりどのような権利が守られ、どのような2次利用が承諾されるのかについては、ASAPbioによるダイアクラムを参照してください。どのライセンスを選択するかにより、プレプリントがどのように共有され、再利用されるかが決まります。
プレプリントの公開に対して、過去には抵抗があった分野も存在します。例えば、Natureのプレプリントに対する方針は、反対から容認へ、さらには積極的な奨励へと変化しました。以前は、プレプリントは事前掲載とみなされ投稿原稿として受け付けられませんでした。現在は、オープンサイエンスが支持を得てきた背景もあり、プレプリントを容認・奨励するようになったジャーナルや学術出版社が増え、中には、プレプリントサーバーから直接転送されたプレプリントを投稿原稿として受け入れるところもあります。とはいえ、全てのジャーナルがプレプリントを受け入れているわけではないため、プレプリントを公開する前に必ずターゲットジャーナルの投稿規定を確認することをお勧めします。
プレプリントの公開は、著者および読者(研究コミュニティ、研究費提供者、一般市民など)に多くの利点をもたらします。
次のようなリスクから、プレプリントの公開を懸念する領域があります。プレプリントを公開する前には慎重な検討が必要です。
数学や物理学などの学術領域ではプレプリントの公開が慣例となっており、このような考慮すべき落とし穴はほとんどないと考えられます。しかしながら、医学やヘルスケアをはじめとするそれ以外の領域では、プレプリントを登録する前に、投稿予定のジャーナルがプレプリントを容認するか否かを確認すべきでしょう。
プレプリントプラットフォーム(またはプレプリントサーバー)のリストはオンラインで見ることができます。自分の研究領域を対象としたサーバーを探すときにはこちらのリストまたは記事を参考にしてください。ただし、自分の研究や自分自身の状況に適したプラットフォーム、リポジトリまたはウェブサイトであるかどうかは必ず各自で確認してください。
AfricArxivやindiaRxivなどの地域のサーバーに登録するのも、その地域についての研究やその地域の言語で書かれたプレプリントには良い選択でしょう。しかしながら、このような地域のサーバーの中には、最近、インドネシアのプレプリントリポジトリINA-Rxivにみられるように、運営資金繰りが困難となっているところもあります。
プレプリントサーバー | 概要 | 対象分野 |
---|---|---|
aRxiv |
|
物理学、天文学、数学、電子・電気工学、コンピューターサイエンス、定量生物学、統計学、数理ファイナンス、経済学 |
bioRxiv |
|
動物行動・認知学、生物化学、生物工学、生物情報学、生物物理学、がん生物学、細胞生物学、発生生物学、生態学、進化生物学、遺伝学,ゲノミクス、免疫学、微生物学、分子生物学、神経科学、古生物学、病理学、薬理学・毒物学、生理学、植物生物学、サイエンスコミュニケーション・教育、合成生物学、システム生物学、動物学 |
PsyArXiv |
|
臨床心理学、認知心理学、発達心理学、教育心理学、言語学、神経科学、定量法・心理測定法、社会・人格心理学 |
SocArxiv |
|
芸術および人文科学、教育学、法学、社会・行動科学 |
medRxiv |
|
嗜癖医学、アレルギー・免疫学、麻酔学、循環器内科学、歯学・口腔医学、皮膚医学、救急医学、内分泌学、疫学、法医学、消化器学、遺伝子・ゲノム医学、老年医学、医療経済学、医療情報学、医療政策 、医療システム・品質改善、血液学、HIV/AIDS、感染疾患、集中医療・救急救命医療、医学教育、医療倫理、腎臓学、神経学、看護学、栄養学、産科・婦人科学、産業衛生・環境衛生、腫瘍学、眼科学、整形外科学、耳鼻咽喉学、疼痛医学、緩和医学、病理学、・児科学、薬理学・治療学、プライマリケア研究、精神医学・臨床心理学、公衆衛生・国際保健、放射線医学・イメージング、リハビリテーション医学・理学療法、呼吸器内科学、リューマチ学、姓と生殖に関する健康、スポーツ医学、手術、毒物学、移植学、泌尿器学 |
SportRxiv |
|
スポーツ・運動・リハビリテーション科学 |
ChemRxiv |
|
農学・食品化学、分析化学、生物化学・医化学、触媒学、化学教育、化学工学・産業化学、地球・宇宙・環境化学、エネルギー、無機化学、材料科学、ナノサイエンス、有機化学、有機金属化学、物理化学、高分子科学、理論・計算化学 |
プレプリントサーバー | 概要 | 対象分野 |
---|---|---|
aRxiv |
|
物理学、天文学、数学、電子・電気工学、コンピューターサイエンス、定量生物学、統計学、数理ファイナンス、経済学 |
bioRxiv |
|
動物行動・認知学、生物化学、生物工学、生物情報学、生物物理学、がん生物学、細胞生物学、発生生物学、生態学、進化生物学、遺伝学,ゲノミクス、免疫学、微生物学、分子生物学、神経科学、古生物学、病理学、薬理学・毒物学、生理学、植物生物学、サイエンスコミュニケーション・教育、合成生物学、システム生物学、動物学 |
PsyArXiv |
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臨床心理学、認知心理学、発達心理学、教育心理学、言語学、神経科学、定量法・心理測定法、社会・人格心理学 |
SocArxiv |
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芸術および人文科学、教育学、法学、社会・行動科学 |
medRxiv |
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嗜癖医学、アレルギー・免疫学、麻酔学、循環器内科学、歯学・口腔医学、皮膚医学、救急医学、内分泌学、疫学、法医学、消化器学、遺伝子・ゲノム医学、老年医学、医療経済学、医療情報学、医療政策 、医療システム・品質改善、血液学、HIV/AIDS、感染疾患、集中医療・救急救命医療、医学教育、医療倫理、腎臓学、神経学、看護学、栄養学、産科・婦人科学、産業衛生・環境衛生、腫瘍学、眼科学、整形外科学、耳鼻咽喉学、疼痛医学、緩和医学、病理学、・児科学、薬理学・治療学、プライマリケア研究、精神医学・臨床心理学、公衆衛生・国際保健、放射線医学・イメージング、リハビリテーション医学・理学療法、呼吸器内科学、リューマチ学、姓と生殖に関する健康、スポーツ医学、手術、毒物学、移植学、泌尿器学 |
SportRxiv |
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スポーツ・運動・リハビリテーション科学 |
ChemRxiv |
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農学・食品化学、分析化学、生物化学・医化学、触媒学、化学教育、化学工学・産業化学、地球・宇宙・環境化学、エネルギー、無機化学、材料科学、ナノサイエンス、有機化学、有機金属化学、物理化学、高分子科学、理論・計算化学 |
学術文書の公表におけるプレプリントの位置付けはめまぐるしく変化しており、プレプリントを公開する選択肢も以前よりは広がっています。プレプリントでは、学会で発表される予備研究の結果のような、最新の、そして多くの場合は早期の研究結果が公開されるため、その学術領域における現在の方向性についての知見やインスピレーションを読者は得ることができます。また、多くのプラットフォームでは読者からのコメントを受け付けており、プレプリントの進展に貢献しています(これは、ジャーナルに投稿した原稿が査読を受けて改善されるプロセスに似ています)。一方で読者は、プレプリントは正式な査読を受けていないこと、また、引用する場合はプレプリントの過剰な引用を好まず特別な引用法を指定するジャーナル(Nucleic Acids Researchなど)があることを常に心にとめておく必要があります。
プレプリントの公開に際しては、自分の研究領域の研究を登録できるプレプリントサーバーがあるかだけでなく、使用するライセンス(クリエイティブコモンズCC0またはCC BY)、どのような識別子(プレプリントが引用される際に使用されるDOI、arXiv ID、URLなど)が付与されるか、サーバーの特別な機能(バージョンコントロール、ジャーナルへのファイルの直接転送など)、出版・公表倫理などの要素も考慮しなければなりません。
プレプリントの変革的な役割については、2020年に「情報の科学と技術」に掲載されたレビューや、2019年9月にKnowledge Exchangeから公表された包括的な報告書をご覧ください。また、関連する倫理については、Committee on Publication Ethics(COPE)から公開されているディスカッションペーパーや、パネルと聴衆の活発な討論の様子を見ることができる2019年のパネルディスカッションのビデオをご覧ください。その他にも質問などがありましたらThinkSCIENCEまでご連絡ください。